十割そば、二八そば

二八、十割は、そばに含まれるそば粉の割合のことです。
十割そばは、そば粉だけで作られているそばを言い、二八そばは、正式には小麦粉2割、そば粉8割でできているそばを言います。

ネットでは読み方がわからないと出ていました。
二八そばは「にはち」になります。十割は「じゅうわり」でいいそうです。

縄文時代からあったとされるそばの歴史ですが、長い間そばは、そば粉と水だけで打つもので、つなぎを使わない十割そばでした。小麦粉をつなぎに使用することは、1620年頃朝鮮から来た僧元珍(げんちん)が、南都東大寺に伝え、一般にも広がるようになったといわれています。

十割蕎麦(じゅうわりそば):

そば粉のみで打ち上げたそばのことを十割そばと言います。
十割そばは小麦粉を「つなぎ」に使ったいわゆる二八そばよりも切れやすく、江戸時代には今のように茹でるのではなく、蒸籠(せいろ)に乗せて、蒸し上げてそのまま客の前に出すのが主流でした。
現在メニューにある「せいろそば」は、そのなごりとも言えるものです。

生地にする際には、そば粉だけではまとまりにくいので、湯を加えることでそば粉に含まれるデンプンを糊状にして用います。また、予め糊状にしておいたそば粉を、つなぎとして使用する場合もあります。

ほかにも、生地をまとめる方法として、こねやすく、繋ぎやすくするために、微細製粉を用いて、手打ちの十割そばをつくる方法があります。

熟練した技がないとボソボソになってしまうそばを、自動そば打ち機を用いて押し出すことによって、麺にまとめている場合もあります。

さらには、熟練の手打ち製法として、微細製粉を用いる方法とは正反対に、粗挽きのそば粉を水練りによって打つ方法もあります。

二八蕎麦(にはちそば):

小麦粉2、蕎麦粉8の割合で打ったそばを言います。
十割そばと違い、そば粉に小麦粉に混ぜたものはまとまりやすく、茹でても切れにくくなります。
江戸時代中期以降から、小麦粉をつなぎとして使用することが急速に普及したことにより、二八そばが一般大衆化しました。現在、一般的にわたしたちがそば屋で食べているそばは二八そばになっています。

「二八」の名称の由来については、江戸時代後期に「そば切り」の値段が16文であったことから、二×八=十六からきたという説もあります。

このそばの十六文は、古典落語「時(刻)蕎麦(ときそば)」でも登場します。
細い銭を客が「ひー、ふうー、みー・・・・・やー」と数えて渡す間に、店の主人に時刻を聞き、主人は「ここのつ(九刻)」(当時「暁九刻」は午前0時頃)と答えたことから、これに気を取られた主人に乗じて、客は「ここのつ」を飛ばして、「とう、じゅいち・・・」と数え、そば代をごまかしたという話です。この話にはオチがあり、これを真似た客人が、店の主人に時刻を聞いたときには「よっつ(四刻)」(午後10時頃)だったことから、逆に「いつ(五)、む(六)・・・」と数え直して、余分に勘定を支払ってしまったということで、締めくくられています。
柳派の落語家が得意とし、戦後は、6代目春風亭柳橋、5代目柳家小、5代目古今亭志ん生がそれぞれ十八番としていました。

その他の割合の名称:
現在、そば粉の割合によって、九割そば、八割そば(=二八そば)、七割そば、六割そば、五割そばといった具合に呼ばれています。逆に小麦粉8にそば粉2の割合のそばは、外二八(そとにはち)と呼ばれています。

日本農林規格(JAS)

ちなみに、食品として「そば」と言えるには、「日本農林規格(JAS)」では、そば粉の配合率が重量比30%以上、「生めん類の表示に関する公正競争規約」でもそば粉が3割以上含まれなければならないとされています。逆に言えば30%以上そば粉が含まれれば「そば」と言えることになり、小麦粉の割合の方がはるかに多くても、「そば」という表示でいいことになっています。

つなぎに二八そばの二割よりも小麦粉が多くなったのは、既に江戸時代後期から見られたようで、同割と言って、そば粉とつなぎの量が同じというケースも多かったようです。

現在は二八そばの意味も拡大され、十割そばに対し、つなぎに小麦粉の含まれたそばを広く指し、そば粉が三割しか含まれない三割そばすらも、二八そばと呼んでいるようなきらいがあります。
現在市販されているそば製品の食品表示において、原材料の欄に「そば粉・小麦粉・・・」の順に記載されている場合には、そば粉の方が多い場合で、逆に「小麦粉・そば粉・・・」の順に記載されている場合には、小麦粉の方が多いということが言えます。

ちなみに「生蕎麦(きそば)」という言葉は、もともとは十割そばを指して言っていたのですが、そば屋が小麦粉をつなぎとして使用し始めた頃から意味が変わり始め、現在では高級感を醸し出すためのみに用いられていることが多くなっています。